MUSEUMちば千葉県博物館協会研究紀要<第32号>
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2001年3月
千葉県博物館協会発行 |
| 【特集】地域社会と博物館 ―博物館友の会― <事例報告> |
| 千葉県立中央博物館友の会 ―その由来と活動― |
| 千葉県立中央博物館友の会会長 岩瀬 徹 |
| 1 友の会発足前後 |
千葉県立中央博物館友の会設立の由来は、一般の友の会とはやや事情を異にしている。先ず博物館ができ、その後の適当な機会に友の会設立の準備会ができ、一定期間を経て会が発足するというのが一般的な経過であると思われるが、本友の会の場合はそのような段取りを踏むことはなかった。
博物館建設に際してのいろいろな事情があって、ミュージアム・ショップの運営を友の会が受け持つことになり、開館に合わせて急遽発足ということになった。友の会そのものについては、それ以前から検討は行われていたものの、設立準備会という名称をつくったのは開館4か月前であった。取りあえず周辺の者や関係団体に呼びかけて準備の役員を募集し、会則の素案をつくり、会員を募集して当面の組織とした。同時にミュージアム・ショップの準備も進め、とにかく1989年2月の開館日に合わせてオープンするといった慌ただしさであった。
第1回の総会は同年7月で、ここで正式に会則や役員が決まった。すでに総会前の4月から、友の会がイニシアティブをとっての生態園野外観察会を開き、会報である「友の会ニュース」第1号を発行している。先ず走りだし、走りながら考え、形を整えるというやり方であった。
このような無理ができたのは、自然誌系博物館設立に関して県民有志の長年にわたる要望と、博物館設立準備段階に入ってから数年間の、調査協力態勢があったからである。さまざまな形で協力してきた多くの人々の存在があった。その中のまた有志が友の会準備の中心となった。当初から、自分たちも博物館づくりに関わってきたという意識があった。
運営はすべて準備会員の手で行ったが、事業を進めるに当たっては、博物館とは普及課を窓口として緊密な連携をとってきた。
1958年に千葉県生物学会が懸案の「千葉県植物誌」を刊行した。これには千葉県で記載された全植物の目録が産地の記録とともに掲載された。この目録は採集された標本を証拠とするものであったが、多くは個人研究者の標本であった。公の研究資料とするには不便さがあり、また将来散逸のおそれもあった。どうしても公共の収蔵施設がほしいというのが博物館運動の動機の一つであった。1965年に、生物学会と地学教育研究会とが千葉県に対して博物館(自然誌系)設立の陳情書を提出したのを皮切りに、それ以後も運動が継続されてきた。
1983年に県教育委員会内に博物館準備室ができてからは、生物学会としても多くの標本を所有する研究者(たいていは古くからの会員)との接触を保ち、それらを新博物館に収蔵してもらうよう働きかけを行った。そして収蔵にこぎつけた標本の整理にも当たった。
まだ準備室のスタッフは手薄であった。後にこれら標本が中央博物館発足時の中核資料となった。前述のように、このような活動に携わった人々が、長年の運動の成果として誕生した中央博物館を応援しなければと考え、それが友の会設立の原動力ともなった。
このような経緯をもつ中央博物館友の会は、発足当初から県民と博物館の橋渡しとなることを活動目標の柱としてきた。もう一つの柱は博物館を拠りどころとして会員相互の趣味や研修を図ろうとする、現在いわれている生涯学習活動そのものである。その点は大方の友の会と変わらないであろう。
中央博物館と友の会とは、ともに発足して12年を経過した。1999年度には10周年記念事業として、両者の記念誌の発行や共催の記念展示などを行った。この10年間を区切ると、初めの5年間は発足後の態勢を整えるために、館と会とが協力しながら多角的に動いた時期、次の5年間は態勢がほぼ整い双方の立場が分化した時期といえる。今後の10年間どのような歩みをとるか、中央博物館をめぐる状況がきびしさを増す中で、お互いにそれを見定める段階に入っていると感じている。
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| 2 友の会の事業 |
中央博物館友の会の恒常的な事業は次の3種がある。
・年間の行事の企画運営と「友の会ニュース」の発行
ミュージアム・ショップの運営
・生態園の解説業務
これらについて少し詳しく述べてみたい。
ア)年間の行事の企画運営と「友の会ニュース」の発行
行事は、年次総会と自然観察、昆虫教室、地学観察、歴史散歩・考古などの各分野で行われている。総会のときには毎回記念講演をもっている。分野を変えながら外部あるいは博物館内の専門家を依頼している。1999年度でいうと、自然観察会が7回、昆虫教室が10回、地学観察が4回、歴史散歩・考古関係が4回実施された。参加延人数は約550名であった。企画運営はそれぞれの幹事が担当し、講師は友の会のスタッフが当たるか博物館学芸員を依頼している。対象地域は県内が多いが、一部は県外に出て、分野ごとに1回ほど宿泊を伴う企画をしている。これらの行事は会員を対象としたものであるが、ときには会員外の参加を認めている。非会員にはできるだけ入会を薦めて中央博物館を知ってもらうようにしている。昆虫教室の一部は学校が休日の土曜日に実施し、児童生徒が参加しやすくしている。
このほか、昆虫、地学、歴史の分野では会員がサークルをつくり、自主的に学習会や研修会などを実施している。
「友の会ニュース」は1989年4月に1号を出して以来、初めは年4回(8頁)、途中から年3回(12頁)の定期刊行を維持し、2000年度現在で41号に達している。内容は学芸員に依頼した原稿、会員の原稿、行事の記録、トピックス、会報などで、親しみやすいことを心がけている。企画編集は数名の編集幹事によって行われ、発送作業には多くのボランティア会員が協力している。編集幹事といっても素人で、まれにはミスも避けられないが、すべてを会員の手で行っているところに意味があると思う。印刷所も会員として協力してくれている。
博物館では「中央博物館だより」を年4回発行しているが、これもいっしょに会員には届くようになっている。加えて行事予定一覧やいろいろな資料が同封され、会員は多くの情報を得ることができる。これらも会員の特典といえる。
イ)ミュージアム・ショップの運営
初めにも述べたように中央博物館のミュージアム・ショップは、その運営を営利団体ではない友の会に任されることになった。商品の仕入れから販売、経理を行うのはかなり専門的な知識と労力を要する。幸い発足時から会員の中に人を得て順調に運営されてきたが、将来にわたっては課題もある。博物館の展示図録や特別展の解説図録、その他の博物館刊行物などを、友の会の名で増刷し販売できる形にしている。県立機関である博物館は直接販売することができない。
ショップには、博物館に関わりのあるようなグッズも置いているが、自然や歴史関係の図書の占める割合が大きい。町の書店ではあまり置いてないような本が、ここで手に入るという便利さを出している。担当者にはオリジナルグッズも作りたいという気持ちはあるが、これまでは絵葉書など若干のものに限られている。
ミュージアム・ショップの経理は会の経理と一本化されている。会費収入分はニュースの発行や発送、事務局関係でほとんど消える。ショップの収入の一部が行事運営経費の補助に回されてきた。会費収入に限界のある会としてはこれは貴重な財源であるが、問題もある。ショップの収入が多いときは円滑にいったが、近年これの減少傾向が続きショップの運営自体にも支障を来すようになっている。これは博物館の入館者の減少による影響が大きい。友の会行事に回せる余裕は少なくなり、結果としては幹事の経済的負担をより大きくしている。
ウ)生態園での解説業務
中央博物館は、設立構想の段階から野外観察地を併設することをあげていた。それが生態園という形で実現し、野外観察、野外研究の場として活用されている。ここにはビジターセンターの役割をするオリエンテーションハウスと、舟田池に面した野鳥観察舎の2施設がある。
ここに詰めて来園者に接し、園内の動植物の状況や展示の内容などについて解説する業務を、開園当初から友の会が受託することになり、現在に至っている。会員には動植物等についての関心が深く、かつ社会経験が豊かな者が少なくない。そのような人材を活用することは、親しみのある窓口をもち、市民が気軽に生態園に訪れてくれる上に有効であった。初期の数年間は、友の会が主体となった定例観察会も生態園内で行われた。
博物館も結局は人である。どういう人がどんな接し方をしてくれるかで、市民の博物館に対する評価が決まる。単に事務的な対応では支持されない。
このような業務受託は、一般の友の会としては珍しい例かもしれないが、博物館と地域社会をつなぐ上での役割を果たしていると思う。
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| 3 中央博物館と学校教育、友の会 |
中央博物館が開館して数年経ったころ、知人から聞いた話である。千葉駅前からタクシーに乗って、中央博物館までといっても運転手は知らないという。たまたま持っていた案内図を示してたどり着いた。「街の案内人であるタクシー運転手が知らないとはいささかPR不足だね」とは皮肉めいて聞こえた。さすがに現在はそんなことなないであろうが。
「房総の自然誌と歴史」をテーマにした中央博物館の展示は、地域誌を広く深く取り上げた点では、類似館と比べても充実し優れていると思う。だが、恐竜がいない、遊べるコーナーが少ないなどといった展示構成が、子供たちには地味で難しい印象を与えるのであろう。小学校の団体見学も多いが、果たしてどう受け止められているか気になるところである。
どんな優れた展示でも、それが参観者の大方に理解されなければ効果が薄くなる。優れた内容をどう理解してもらうか、博物館としてもそのため進んだ工夫と努力が必要になる。常設展のほか毎年特別展や企画展も開催されるが、この事情はやはり同様である。そうして多くの入館者を期待する、これは企業努力というべきものであろう。
1999年夏に催された10周年記念特別展「カエルのきもち」は、そのような努力が注がれた結果、参観者もにぎわい大人から子供まで楽しく学べた。内容もさることながら、担当した学芸員たちの顔が見えることも大きな要素であった。このようなときには友の会のネットワークもよく回転する。
最近、滋賀県の琵琶湖博物館を見学した。館の展示構造に工夫されたいくつかがあったが、特に私が注目したのはロビーの壁面に掲示されたパネルである。それには2か月分の日程表に毎日の担当学芸員名と専門分野が示されていた。著名な生態学者である館長の名もあった。その日に行けば話を聞くことができるわけである。中央博物館にもこのような方法がほしいと感じた。この博物館には友の会はまだないというが、展示の解説には公募による一般の人が当たっている。
現代的課題として博物館と地域社会の関わりを考えると、博物館は学校教育の面にこれまでより多くの目を向ける必要があると思う。いま日本の学校教育は負の課題があまりも多い。学校現場は悪戦苦闘しているが、教育離れ、学習離れの現実が憂慮されている。博物館がそれと無縁の顔をしてはいられない。博物館のもつ豊富な施設と人材が、より積極的な目を向けられたら、学校教育にとって大きな戦力になるのではないか。困難はあろうがその時期にきていると思う。
友の会にはいっそう生涯学習の役割が課せられる。その意味から博物館との協力のありかたなども検討されるであろうが、現実には友の会としても手に余ることかもしれない。
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