MUSEUMちば千葉県博物館協会研究紀要<第32号>
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2001年3月
千葉県博物館協会発行 |
| 【特集】地域社会と博物館 ―博物館友の会― <事例報告> |
| 地域博物館の「地域」と行政区域 ―博物館友の会が「地域」を創る― |
| 睦沢町立歴史民俗資料館 久野一郎 |
| はじめに |
博物館は単独な存在で成り立つものではなく、博物館は「地域」社会のなかで存在する。その意味は、国公立の博物館が当該の国家や地方公共団体による財政的な裏付けによって成り立つという意味ばかりではなく、博物館の機能が博物館の持つ「地域」の人々との様々な関わり合いのなかで生きているということである。
2000年6月17日、睦沢町立歴史民俗資料館(以下、当館)は第4回公開シンポジウム「博物館友の会の現在と未来」と題して、市町村立の地域博物館として活躍している芝山町立古墳はにわ博物館、夷隅町郷土資料館、成東町歴史民俗資料館、袖ヶ浦市立博物館、流山市立博物館および当館の「各館友の会で活躍している関係者が、博物館友の会の活性化をめざして現状を報告」(注1)するシンポジウムを開催した。このシンポジウムの事前調査資料として、参加各館に「博物館友の会の現状と課題」事前アンケート調査を実施した。本稿は、このときの資料をもちいて、地域博物館の「地域」と行政領域との関係を通じて、博物館の来館者や友の会など博物館を利用する人々や博物館の活動する範囲としての「地域」のありかたを考え、博物館友の会などの博物館活動こそが博物館の持つ「地域」を創っていることを論じる。
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| 博物館の「地域」は行政領域とはちがう |
『ドガ』『マネ』『ジャポニスム』など多くの著書のある美術評論家の大島清次氏が、「ある地方公立美術館の設立準備、開館、運営に、ゆくりなくも十数年間たずさわることとなって、今春職を去った」として、1984年12月17日付朝日新聞夕刊に「地方美術館と行政の体質−10年余の運営経験で感じたこと」と題して寄稿し、以下のように述べた。「いまの日本の地方行政の狭隘な地域主義と美術という本来国際的にまで広がっていってしまう広域性とが、根底から相いれない」。美術館は「地方行政には体質的になじまない」という「疑念を抱く」。美術館は「学芸員という専門職員の学芸業務中心に運営されるべき」。ところが「事情を知らない主権者である納税者の側から、われわれの税金でつくった美術館を学芸員は自分の個人的な趣味嗜好で勝手に運営して楽しんでいる」という「非難や要求が提起される」。その主張は「在野の美術作家たちから発せられ」、「そうした作家たちの作品発表の場として開放すべき」とか「美術館を納税者の手に取り戻せとか、あの館長をやめさせろとかいった行政への圧力」に進むという。これに対して、大島清次氏は、「学芸員がその職責を忠実に果たそうとして非難されるのはお門違い」として、「問題はただ、立法に責任のある地方議員や、法律の行使に責任のある行政公務員が、意外に博物館法、特にそのミューゼオロジーに基づく法の精神を知らないということにある」という。
大島清次氏が初代館長に就任された「ある地方公立美術館」の友の会に、設立当初からら入会していた栃木県出身の私は、当時「文化不毛」と言われていた北関東の県都に気軽な雰囲気でリッチな気分を楽しめる場所が出来たことを心から喜んだものだった。しかしあの県に生まれ育って状況を知る私としては、大島清次氏が「立法に責任のある地方議員や、法律の行使に責任のある行政公務員」に「博物館法、特にそのミューゼオロジーに基づく法の精神」を説教しても、けっこう厳しいものがあったと思う。大島清次氏が、北風の寒いあの街で尻上がりイントネーションの「あの館長をやめさせろ」といった塩気のきつい発言を聞いていたのかと思うと心が痛む。博物館の理想を実現するには、その方面のスジともうまく付き合う持久力も必要である。しかし大島清次氏が言われる如く、博物館は「本来国際的にまで広がっていってしまう広域性」を持つことは常識である。博物館における「地域」は、「地方行政の狭隘な地域主義」とは「根底から相いれない」。
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| 博物館友の会の「地域」は行政領域を越える |
前記のシンポジウム「博物館友の会の現在と未来」の事前調査資料として、シンポジウム参加各館に「博物館友の会の現状と課題」事前アンケート調査を実施した。この調査項目の一つに「会員の地域的分布の内訳割合は?」という項目があり、「(1)貴市町村の方、(2)隣接または近隣市町村の方、(3)県内遠方の方、(4)他県の方」と分けて友の会会員の分布内訳割合を問うものがあった。
例えば当館友の会員の地域的分布を見ると、1999年度末で会員84名のうち、睦沢町内の人は46%にとどまり、睦沢町外が54%(県外も8%いる)という結果。
同様に、睦沢町の南に隣接する夷隅町郷土資料館友の会の会員54名の地域的分布も、夷隅町民は68.5%にとどまり、夷隅郡内は0%だが夷隅郡外の県内25.9%、県外も3%。
芝山町立古墳はにわ博物館友の会に至っては、2000年6月1日現在の会員278名のうち、芝山町は3割しかおらず、近隣市町村は6割もおり、県外も1割いる。
比較的当該市町村の会員の多い流山市立博物館友の会でも540名のうち、流山市民は80%で、近隣市町村15%、県外5%。
袖ヶ浦市立博物館友の会は116名のうち、袖ヶ浦市民は88%、市外が12%。
成東町歴史民俗資料館友の会は282名のうち、成東町民は94%、町外が6%。
博物館は不特定多数に来館と参加を呼びかけるものであり、「友の会入会は当市町村民に限る」という加入制限がないかぎり設立当該市町村以外在住者からの参加があって当然である。以上の6館を見ただけでも博物館友の会の持つ「地域」が当該市町村の「行政領域」を表すとは言えない。来館者の多様なニーズに対応するには、単独館では無理がある。必然的に、来館者は他館の来館者にもなる。「別に睦沢町が好きで来ているのではなく、睦沢の資料館が好きで来ている」とは別の当館友の会の会員の発言である。当館友の会の山田英夫会長も、「私たちが(睦沢の)資料館に求めるものは、今までに体験してこなかったこと、知らなかったことを知るために集まる。その要求が満たされないと、たいしたことないという評価をします」とも言い、「睦沢で出来ないことを、よそで聞けるんです。だから皆さん、他市町村に行くことに遠慮することはないんです」(注2)と言う。“地元でも面白くなければ来ない、他地域でも面白ければ行く”という、この発言は博物館利用者の意見として傾聴に値する。来館者は、面白いものを求めて行政領域をやすやすと越える。当館の友の会の会員は、主体的な活動家というより受動的な人が多い。それでも資料館事業のサポート活動を自主的にやる。たとえば「よろいを着て戦国武者」などという人が集まるアミューズメント企画に、スイトンを作ってもてなしたりしている。当館の鈴木庄一学芸員は、スイトンを作りに来る会員を「スイトン隊」と名付けてからかっているが、彼女たちもそれを喜んでいる。この「スイトン隊」には、睦沢町民だけでなく隣接の茂原市や長生村からも会員が来ているのである。博物館友の会の持つ「地域」は、博物館設置自治体の行政領域を越えている。
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| 博物館は博物館設置自治体の行政区域を「地域」とするか |
前記の事前アンケート調査の質問項目には「年間入館者数(1999年度)と入館者の地域的分布の内訳割合は?」として、(1)貴市町村の方、(2)隣接または近隣市町村の方、(3)その他の県内の方、(4)他県の方のと分けて問うものもあり、結果は以下のようだった。
袖ヶ浦市立博物館は年間入館者23,853名のうち、袖ヶ浦市内36%、近隣も含め県内55.5%、他県8.5%。
夷隅町郷土資料館は6,941名のうち、夷隅町内22.5%、夷隅郡内16.1%、県内53.9%、県外7.2%。
成東町歴史民俗資料館は8984名のうち、成東町内10%、近隣52%、県内26%、他県12%。
芝山町立古墳はにわ博物館は17,248名のうち、地域的分布は「不明」としながらも「芝山の人は1割くらい」という回答。
流山市立博物館は15,000名程度で、地域的分布は「分けていない」ので不明。
当館は、展示事業の個人入館者が4,582名(他に地域的内訳なしで団体入館者が1,210名あり、展示事業入館者計は5,792名)で、睦沢町内40.7%、茂原市も含め長生郡市内32.0%、長生郡市外の県内23.1%、他県4.0%、外国0.2%。講座など教育普及事業23企画には、全体で596名の参加があり、睦沢町内45.3%、茂原市も含め長生郡市内が35.2%、長生郡市外の県内19.0%、他県0.5%の構成である。団体入館者の内訳は集計していない。団体入館者の多くは睦沢町外からの方が多いので、個人団体を合計した入館者全体としては睦沢町内の比率はもう少し下がる。
当館の入館者構成率睦沢町内40.7%は前記の各館にくらべて比較的高い方と言うべきだが、それでも6割は他市町村からの来館者である。以下、袖ヶ浦博物館が他市町村率64%、夷隅資料館77.5%、成東町資料館80%、芝山町博物館9割を占め、このなかに当該市町村からの入館者が多数を占める館はない。したがって、入館者の面から見ても博物館は博物館設置自治体の行政領域を博物館の持つ「地域」とするわけにはいかない。
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| 博物館の「地域」概念 |
当館のような地元密着型の地域総合系博物館館は当該自治体内来館者の割合が高く、他市町村からの来館者は比較的少ない。当館の活動範囲としての「地域」は、房総半島中部域を越えるものではないが、当館友の会の会員の分布範囲もこれに対応しているかのようである。しかし、「田園の美術館」という愛称を名乗って世界的に広がる狩野派を中心とする日本美術に活動を特化した夷隅町郷土資料館や、近代日本文学史上に名高い伊藤左千夫の資料を多く収蔵する成東町歴史民俗資料館のような専門館は、広い範囲から来館者を迎えている。
関係者以外の人からは想像もできないことだろうが、大島清次氏を悩ませた「地方行政の狭隘な地域主義」は、地方自治体というところには北関東の某県以外にも存在する。数年前、当館が対外的積極広報方針に出たころ、「私は睦沢町民ではないのですが講座に出てもいいでしょうか」とか「友の会は他市町村からも入れるでしょうか」といった問い合わせが相次いだ時期があった。こうした方は、当館にも狭隘な地域主義が存在すると考えていたのだろうか。事実、私たちも「こんなに他市町村からの参加があったら、その方面のスジから御指摘をいただくかも」と要らぬ心配をしたものだった。しかし、博物館は実際に見にきてこそ意味があり、見にきた人だけがお客様という性格を持つ。見にきた人は全てお客様なのだから、来館者がどこから来たかで差別することは常識ではない。当館友の会の会報は、当館の持つ「地域」が睦沢町の行政領域と混同されることのないようにと願いを込めて前世紀末の1995年、来るべき地球的21世紀を目指して『グローバル21』と名付けられて創刊された。
博物館の持つ「地域」は行政領域とは関係なく、そして境界がない。博物館の「地域」は、博物館の活動(展示物の広がりや知名度・教育普及事業の視野・調査研究や広報宣伝の範囲・収集保管をどこまでやるか)の範囲として博物館が創る。設立自治体の行政区域が博物館の「地域」を限定するのではなく、博物館自身が活動範囲、来館者や友の会の会員の広がりとして博物館の持つ「地域」を形成するのである。
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| おわりに |
本稿の依頼文に付された「本特集執筆要項」には、平成8年度生涯学習審議会「地域における生涯学習機会の充実について」で地域社会における機能強化のための方策が示され、博物館等社会教育施設が「高まりつつある学習意欲にこたえる学習機会をいかに充実するか」が最重要課題だという。そして、「地域住民の学習ニーズにこたえ、その機会を提供し、いかにして連携を深めていけるだろうかという問題をとりあげたい」と言う。
ここでいう「地域住民」とは、当該行政領域の住民のことだろうか。それとも、博物館等社会教育施設が形成する「地域」から参加する人々のことだろうか。博物館友の会は博物館活動のなかで重要な意味を持ち、行政領域内に住む人々と博物館を繋ぐもの考えられているのかもしれない。しかし、博物館友の会は博物館の行政領域に住む人々の代表ではない。行政領域と自治体博物館と博物館友の会がイコールで結ばれる包含関係で存在する図式は、少なくとも上記の地域博物館6館を見ただけでも存在しない。
ある博物館の人から、友の会が博物館にとって圧力団体のようになるのではという懸念で友の会を作らないという話を聞いたことがある。「学芸員がその職責を忠実に果たそうとして」いるところに大島清次氏を悩ませた「地域住民の学習ニーズ」が「お門違い」の「非難」をしてくる心配をするのだろう。博物館の「地域住民」を当該行政領域の住民と限定してはならない。政府の審議会答申を見ながら仕事をするのもいい。しかし、私たち地域博物館は事業や企画に出来るだけオープンな姿勢で広く来館や参加を呼びかけ、実際に足を運んでくる来館者や友の会の皆さんなどお客様の方を向いて地味に地道に事業展開するべきだと思う。
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(注1)第4回公開シンポジウム「博物館友の会の現在と未来」企画書の開催趣旨
(注2)『第1回公開シンポジウム「博物館と地域連携」』(31頁のパネリストの山田英夫氏の発言。1996年6月16日当館実施、1997年6月22日当館編集発行)
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